コロナと労務 失業給付の支給要件

コロナと労務 失業給付の支給要件

あるタクシー会社の事例

皆様のご記憶にも新しいと思いますが、今年の4月上旬に東京都内のタクシー会社が全600人を一斉解雇との報道がありました

その経緯は、都内タクシー会社が、今年の4月上旬に突如従業員80名程を集め、新型コロナウイルスの感染拡大によりタクシー利用者が激減し業績が悪化したため、グループ会社含め約600人を一斉に解雇することを発表したとの内容です。

その解雇の理由について、そのタクシー会社の社長は従業員に対して、以下のような内容の手紙を宛てていたとのことです。
「当社は生き残りをかけ、一旦事業を休止することを決断しました。」
「混乱の中少しでも早く、皆様が円滑に失業手当をもらえるために決断した次第です。」
「タクシー事業の休業補償は歩合給と残業の給与体系のため、失業手当より不利なためこの選択をしました。」
「必ず生き残り、皆様の職場を完全復旧できるように、私の人生をかけて戦います。そして完全復旧した暁には、みんな全員にもう一度集まっていただき、今まで以上に良い会社を作っていきたいと思います。」
(原文まま、一部抜粋。)

このタクシー会社による従業員への通知については、いくつか労働法上の問題点がありますが、今回は、この一斉解雇を決断した理由として「(従業員)皆様が円滑に失業手当をもらえるため」としている点を取り上げます。

この事例の問題点


この事例でポイントとなる点は下記のとおりです。
POINT①社員に宛てた通知が、会社が倒産等によりなくなることが前提ではなく、コロナウイルスの感染拡大による業績悪化により「生き残りをかけて、一旦事業を休止すること」であること。

②「完全復旧した暁には、みんな全員にもう一度集まっていただき」と、その後の再雇用を前提にした内容であること。

③「タクシー事業の休業補償は失業手当より不利」と述べ、従業員にとって失業手当の受給が休業補償より有利であるとの理由から、「円滑に失業手当をもらえる」ためにされた通知であること。
上記を元に、果たしてこのタクシー会社の従業員が、社長の言うように「円滑に」失業手当を受けることができるのか、法律上の根拠を前提として、以下述べていきます。

なお、ここで失業手当と言われているものは、雇用保険法上の失業等給付のうち、求職者給付の基本手当を前提に話を進めてまいります(後述3.にて詳細を述べます)

そもそも失業手当(雇用保険の失業給付)とは何か


雇用保険には、労働者が失業してその所得の源泉を喪失した場合、労働者について雇⽤の継続が困難となる事由が生じた場合及び労働者が⾃ら職業に関する教育訓練を受けた場合に、⽣活及び雇⽤の安定並びに就職の促進のために失業等給付を⽀給することが、その目的の一つに掲げられております(雇用保険法第1条)。

そして、労働者への「失業等給付」が、この度の失業手当(雇用保険の失業給付)と言われているものにあたります。

失業等給付の種類としては、「求職者給付」「就職促進給付(就業促進手当等)」「教育訓練給付(教育訓練給付金)」「雇用継続給付」が定められておりますが(法第10条)、一般的に「失業給付」と言われるのは「求職者給付」のうち「基本手当」を言います。

今回のタクシー会社の場合、従業員が「求職者給付の基本手当」の支給を受けることを前提に解雇に至ったとの経緯がありますが、そもそもこのタクシー会社の従業員は「求職者給付」を受けられるのかどうかが、ポイントになります。

失業手当(求職者給付の基本手当)の受給要件


失業手当(求職者給付の基本手当)の支給については、その離職理由が「会社都合」と「自己都合」により、給付時期と給付額に差が生じます。

※この度は雇用保険法で定める雇用保険の被保険者のうち、高年齢者継続被保険者、短期雇用特例被保険者、日雇労働被保険者を除いた一般被保険者について述べてまいります。

「自己都合」の離職とは、そのとおり従業員の一身上の都合による離職であり、後述する「会社都合」による離職に該当しない一般的な離職理由を言います。

一方で、雇用保険法上、「会社都合」と言われるものは次のとおりの2種類があります。

(1)特定受給資格者(法第23条第2項、雇用保険法施行規則第34条乃至第36条)
 被保険者が雇用されていた会社が倒産等又は解雇等により離職した者を言います。

(2)特定理由離職者(法第13条第3項、施行規則第18条)
 前述の(1)特定受給資格者を除いて、次に掲げる離職理由に該当した者を言います。
・離職に正当な理由のある自己都合により離職した者
(例えば、心身の障害、疾病等や出産、配偶者の転勤により通勤不可能又は困難となった者等)
・期間の定めのある労働契約の期間が満了し、かつ、当該労働契約の更新がないことにより離職した者(その者が当該更新を希望したにもかかわらず、当該更新についての合意が成立するに至らなかった場合に限ります。)

この「自己都合」か「会社都合」による離職理由の違いは、失業手当の受給要件び支給日数が異なります。その違いは、次の通りです。

「自己都合」による離職の場合  
・離職の日から2年間に、雇用保険の被保険者期間が12ヶ月以上必要(法第14条第1項)。
・失業手当の支給期間がどの年齢であっても、雇用保険の被保険者の期間により90日から150日である。
・離職者がハローワークへ求職の届出をしてから7日間の待機期間(法第21条)及び3ヶ月の給付制限期間(法第33条第1項)がある。

「会社都合」による離職の場合 
・離職の日から1年間に、雇用保険の被保険者期間が6ヶ月以上必要と、自己都合による離職の場合より短縮される。
→雇用されてから1年未満の被保険者であっても受給対象になる場合がある。
・失業手当の支給期間が、被保険者であった期間の長さと離職者の年齢により、90日から最大330日と、自己都合による離職より期間が長くなる場合がある。
・自己都合による離職の場合の3ヶ月の給付制限期間が無く、おおよそ1ヶ月程で初回の支給がされる。

以上より、「会社都合」の(1)特定受給資格者に該当した場合、支給日が早く、支給される日数が相対的に長くなることを鑑みて、この度の事例のタクシー会社側は「解雇」を理由として従業員が「特定受給資格者」に該当するように当該通知を出したと考えられます。

この失業手当の受給を有利であると判断した理由に、そもそもこの度のタクシー会社が休業手当を従業員に支払うことができるかどうか、という点も含んでいます。

解雇に至らずとも、前述2.の問題点で述べている①「一旦事業を休止する」とのことであれば、その休止期間も雇用関係を継続し、休業手当を支払うことでも対処ができるはずです。

しかし、休業手当は、労働基準法上、「使用者の責に帰すべき事由による休業」でない場合、すなわち「不可抗力による休業」の場合には、使用者(事業者)は労働者に休業手当を支給する義務はないということになります。

※この休業手当の支給に関する話は、『雇用調整助成金について』の記事をご参照ください。
『雇用調整助成金について』記事を読む

また、休業手当の支給がいつまで続くのか、緊急事態宣言が発令された4月8日時点の状況では見通しが立たず、タクシー会社の資金の状況から長期間の手当の支給は難しいとの判断もあり(雇用調整助成金の支給も当時は約1~2か月程要するとされていたため)、国の制度である雇用保険の失業手当が受給されるように、本来であれば最終手段である解雇を選択したものと考えられます。

しかし、この度のタクシー会社の従業員は、この特定受給資格者に該当すると考えられるのでしょうか。

そもそも、失業給付は、雇用保険の被保険者である者が「離職」し、「失業」した場合に給付されるものです。

雇用保険法上、「離職」とは、被保険者について、事業主との雇用関係が終了すること(法第4条第2項)を言い、また、「失業」とは、被保険者が離職し、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にあることを言います(法第4条第3項)。

このタクシー会社の従業員は、事業主である会社と雇用関係が終了し、かつ、「労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態」であることを要することから、前述のタクシー会社の事例での従業員が「離職」し、かつ「失業」の状態にあたるのかが問題となります。

まず、「離職」しているかについては、前述1.に述べている社長の通知は解雇通知にあたるのかですが、厳密に書面上では「解雇」の文言は使われておらず、あくまで会社の事業を「休止」すると述べるに留まっています。

また、前述の社長の通知には、「みんな全員にもう一度集まっていただき、今まで以上の会社を作っていきたい」との意向があることから、再雇用を前提とした内容になっており、また従業員もこの意向のままに再雇用を前提として雇用関係を解消したものとして前述の「労働の意思及び能力を有するにもかかわらず職業に就くことができない状態」とは言えないのではないかとの点が指摘されます。

この再雇用を前提とした離職であれば、そもそも「職業に就くことができない状態」といることも言えず、また、失業手当の受給には、ハローワークでの継続的な求職活動を行う必要があるために、すでに数か月から1年後での同一事業所での再雇用が前提となった失業手当の受給は、雇用保険法上の不正受給にあたるのではないかとも指摘をされています。

但し、失業手当の受給資格は、あくまで被保険者個々の事情により決定をしていることから、被保険者の事情次第(受給資格が決定されてから個人の事情により再度同一事業所に再就職した場合等)では需給を認める可能性もあるとの労働局担当者の見解もあることは申し添えておきます。

なお、このタクシー会社の問題は、会社側の説明が十分ではないとして解雇通告をされた運転手数人で労働組合(日本労働評議会)に加入し、現在、解雇撤回を求めて団体交渉を行っているところです(令和2年5月8日現在)。

失業手当の特例措置(東日本大震災における雇用保険の特例措置)


失業手当においては、その受給対象者である被保険者が「失業」をしていることが前提での給付になるものの、このようなコロナ禍においては、一種の災害時とも取れると考えられます。

以前、東日本大震災時には、災害により休業を余儀なくされた者又は一時的に離職を余儀なくされた者に対して、失業手当を受給できる特例措置がありました。

この特例措置では、次の2つのいずれかに該当する者は、失業手当の受給が可能となりました。
①事業所が災害を受けたことにより休止・廃止したために、休業を余儀なくされ、賃金を受けることができない者
→実際に離職していなくとも失業手当を受給することができます。
②災害救助法の指定地域にある事業所が、災害により事業を休止・廃止したために、一時的に離職を余儀なくされた者
→事業再開後の再雇用が予定されている場合であっても、失業手当を受給できます。

  このように、東日本大震災に伴い、被保険者が、実際に離職をしていない場合でも、また、再雇用が予定されている場合でも、失業手当を受給できる特例措置があったため、今回のコロナ禍においてもこのような特例措置への期待がされるものの、5月8日時点でまだ特例措置の実現には至っておりません(5月7日時点の報道では検討に入ったとされています)。

この度の事例のタクシー会社のように従業員を再雇用することを前提に、失業手当の受給のために一斉解雇をすることに賛同の意見も当時はあったようですが、本来の失業手当の受給要件にあたらない解雇は事業主側の都合での判断であり、また、このような解雇により従業員が失業手当も受け取れずに、ただ失職するだけになる事態に陥ることで、労使間の大きなトラブルになりかねません。

この度のような事例では、早期に雇用調整助成金の申請を視野に入れた休業補償での対応、政府によるセーフティーネット策の活用を求められるところ、労務問題に携わる私たちとしても改めて目の前にある問題が何か、そしてその打開策を提示していく必要が問われるものでした。
さて、この事例においては、整理解雇に該当するのかどうかという点も問題にありますが、それは次回にご説明させていただきます。

以上、今回は、コロナ禍における労務問題として、失業手当の受給要件に関するご説明をさせていただきました。

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